2008年01月20日

もくもくと

つらつらと、よしなしごとを書きつづり。

たとえば人が、
彫刻でも絵でも何でもいい、
集中して何かを作る時、
その人は孤独か。
それは幸せな孤独かもしれない。
そのとき世界にはその人と、
その人が作ろうとしているものしか存在しない。

人が何かをしゃべってる時は、
意識はどちらかというと拡散している。
話題はあちらこちらに飛び移り、
つど、話題に関連した記憶が頭の上を飛び交い、
その中からもっとも良さそうなものをピックアップして
話の中に放り込む。

人が黙って作業している時は、
意識はとぎすまされ、集中している。
他のことは一切頭の中から取り払われ、
ただひたすら目の前の作業に没頭する。

集中して何かを作るのは楽しい。
が、集中して何かをなすためには事前に話し合いが必要である。
もくもくと、作業に没頭するべく、
ぺちゃくちゃと作るものについてしゃべる。

ところが不思議なことに、
ぽんといいアイデアが浮かぶのはだいたい、
意識を拡散させ、ぺちゃくちゃとしゃべっている時だったりする。
ゆえに、人と対話するのは大事だ。
一人の世界から逸脱して、
他人と世界を共有し、
再び一人の世界に戻る。
自分でなんでもやろうとしたところで、
結果は、無人島で一人暮らす人のごとく、
スモールサイズの自給自足。
そこに広がりはない。

恐ろしいのは、
「あなたは私のことをわかっているはずだ」
という傲慢な思いこみだ。
誤解を生み、軋轢を生む思いこみ。
人は誰も本質的には他人を理解しえない。
だからこそ、共感が生まれ、ドラマが生まれる。
ゆめゆめ忘れることなかれ。

何かを作るのはとても楽しい。
作ってる最中、辛くて逃げ出したくなることもあるが、
それが大きければ大きいほど、
乗り越えた時の達成感は計り知れない。

出来が悪くてもいい。
ださくたっていい。
形にして、積み上げていくことが何より大事なのだ。
絵に描いた壮大な餅をただ広げたところで、
それはいつまでも絵でしかないのだ。
はじめは不細工でもいい。
少しづつ、もくもくと餅をついていけば、
いつか絵の餅は立体となって
目の前に現れる。

Posted by tatsu at 2008年01月20日 12:49
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